インタビュー
『メモリアルフォトブック』を生み出した担当編集者が考える、物事の本質を捉え直す新たなコンテンツとは?
- 新企画編集部とは、類書の売上や出版マーケットなどの動向や分析ではなく、お客さんの動向に合わせてモノの見方を変えて捉え直す部署。
- 情報を振り返ることができる強みを活かして「記録」と「記憶」で永久に保存するスポーツムック本『メモリアルフォトブック』。
- 時代の変化に合わせてマルチプレーヤーであるために、作り手側もマインドをアップデートしていかなければならない。
- 出版コンテンツの力強さを活かして、お客さんが毎日アクセスして面白く感じる情報発信をデジタルの世界で実現したい。
物事の本質を捉え直し新しい視点でコンテンツの枠を超えて発信
大森さんのこれまでのご経歴や、世界文化社に入社したきっかけを教えてください。
世界文化社の前は別の出版社を複数経験しています。その中で、IT事業の親会社を持つ出版社の影響を大きく受けたり、発行した部数でしか読者に届かない紙のコンテンツに行き詰まりを感じたりなどして、多くの人に情報が届けられる「デジタルのプロジェクトをやりたい」と思うようになりました。紆余曲折を経て「新しいステップに行きたい」と思ったとき、株式会社世界文化社が歴史の長い出版社であることは知っていましたし、知人もいたので「コンテンツのデジタル化や紙媒体にとらわれない新しいサービスや商品作りを実現できたらいいな」と思ったのが入社のきっかけです。現在はまだ紙の仕事をしていますが、もちろん今でもデジタルコンテンツのプロジェクトに携わりたいなと思っていますよ。
所属されている新企画編集部はどのような部署なのでしょうか?
類書の売上や出版のマーケットの枠を超えて、お客さんの動向に合わせてモノの見方を変えて捉え直す部署だと思っています。既製の作品・既存品を作り直すのではなく、もう一度その本質を捉えて新しい視点で作るイメージです。新しいことをやるだけが目的ではありませんが、社内では「ちょっと新しいことをやる部署」という位置づけでしょうね。
元々は書籍編集部の中で同様の事業を担当されていたとのことですが、独立して新企画編集部が誕生した経緯を教えてください。
『WBC2023メモリアルフォトブック』を発売したころから「大森はもっと自由にさせた方がいいのではないか」という声が社内で上がっていたようです。また、『メモリアルフォトブック』の編集は社内で私一人が手掛けていたので、「もう一人編集者がいたら年間発行冊数をもう少し増やせたのでは」と思ったことが、新企画編集部を立ち上げようと思ったきっかけです。人員は独立するときに社内公募して、幅広いジャンルに関心のあるゼネラリストの編集者を選びました。
アスリートの活躍を「記録」と「記憶」で永久に保存
『メモリアルフォトブック』とは、どんな雑誌でしょうか?
オリンピックやWBCなど世界大会で活躍した選手を「記録」と「記憶」で永久に保存したスポーツムック本です。2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップが、『メモリアルフォトブック』シリーズの最初の企画となります。東京オリンピックのときは全競技で約830人の日本人アスリートが出場したのですが、彼ら全員の経歴を調べて顔写真と一緒にプロフィールを掲載すると同時に、例えば、何月何日に柔道の準決勝で日本人選手が1本負けとしたとか、何月何日にアメリカの選手と戦って勝ったとか、全競技の試合日や勝敗のプロセスを誌面に記録として残しています。
リアルタイムで試合結果を伝えるならWebのニュースで十分だと思いますが、改めて本で出版する理由を考えたときに、アスリートが活躍した記録と記憶を何度も見返すことだと思うのです。新聞やテレビなどの報道の特徴である速報性にも勝る本の強みは、情報を振り返ることができる点にあります。そのため、『メモリアルフォトブック』では新聞社が読者に届けられない「記憶」と「記録」の部分を強調しています。
試合結果や活躍した選手は予想から変動するものかと思いますが、誌面作りでご苦労されたのはどのような部分でしょうか?
例えば『WBC2023メモリアルフォトブック』で言うと、試合結果で特集の内容が変わるため、台割を4つ用意していました。試合結果によってひとつずつ消していき、執筆するライターも変わります。とある記者に依頼した大谷翔平選手の原稿は、決勝戦の試合結果が最後までわからないので最初と最後を除いた9割の執筆をお願いし、試合結果を受けて、原稿の骨子を残したまま決勝戦の内容を付け足す形で加筆していただきました。スポーツの記事では実際に現地で感じた熱量を盛り込むことも大事ですから、2つの原稿のテーマを提示して「どちらの原稿がふさわしいか」を現地の記者に決めてもらいました。常に更新し続けなければならないことが工夫した点でもあり、苦労した点でもありますね。
表紙も事前に複数案用意しておき、「誰が(または何が)記憶に残ったか」という視点で、写真を何枚も出して試合結果を確認しながら、校了のギリギリまで検討しました。社内や外部ライターからの意見も参考に、他社の新聞やスポーツ雑誌も見ながら決定しています。
また、特にこの数年心がけているのは、コロナ禍によってテレビのモニターを通して観戦する時代が何年も続いたため、人々の記憶はモニターを通しての記憶であると意識することです。東京オリンピックが無観客開催に決まったときからテレビの画角に近い形で感動的な写真を選ぶようにしています。
『WBC2023メモリアルフォトブック』はヒットを狙って作ったのですか?
テレビ局にも「どうしてこんなに売れたと思いますか?」と聞かれましたが、当時WBCの感動の記憶や記録が手元に残るものが他に何もなかったからだと思います。決勝戦の試合中にオンライン書店で1位になって注目度が上がったのも大きいですよね。WBCの決勝戦は月曜日だったのですが、同週の金曜日に発売を開始したため、WBCの決勝の記憶が冷めないうちに手元に残る記録があったのがヒットの要因だと思います。決勝戦が終わった日が校了日だったので、編集としては写真が早く上がってこないことに「間に合わないのではないか」とヒヤヒヤしました。
作り手として常に時代の変化に対応できるマインドにアップデート
スポーツも含め幅広い分野の書籍を手掛けていらっしゃる理由を教えてください。
特定分野に特化するメリットは理解していますが、仕事が属人化してしまいます。属人化は「この人にしかできない」という強みを得ることもできます。しかし、前職で、ある週刊誌がまず隔週刊になり、その後月刊になり……と徐々に発行サイクルが長くなって売上も右肩下がりになる状況を目の当たりにしました。先行きがわからない不透明で複雑な時代に、ひとつのことをやり続けることにリスクを感じたのです。
例えば、私の手掛けたムック本に『サロン・デュ・ショコラ・オフィシャルムック』があります。チョコレートのマーケットはこの15年でものすごく成長していますが、20年前は「チョコレートは子どもの食べ物」と認識されていました。しかし、ポリフェノールを含むチョコレートの効能などが知れ渡ったことで年配の方が食べるようになり、チョコレートは「大人の食べ物」と認識の変化が生まれ、市場が拡大したのです。
このように時代の変化に合わせてマルチプレーヤーでなければならないと思い、経験はないよりもあった方がいいというのが私のキャリアに対する考えです。インターネットの登場で時代や技術が変化したのにあわせて、作り手側もマインドをアップデートしていかなければならないと思っています。
出版コンテンツの力強さを活かしたプラットフォームを実現したい
2024年は新企画編集部に新入社員の方が2名配属されています。これからの業務で彼らにどんなことを期待しますか?
彼らは学生時代にコロナを経験しているため、入学式もなく授業もオンラインでした。選択肢の少ない人生経験の中で、突然友だちに会えなくなるなどの孤独な状態に陥る経験が私にはありません。私たちが経験したくても経験できない体験や感性を経て作ったものは、アフターコロナの企画に生きてくると思っています。既に私が思いつかないような案も出てきていますよ。
新入社員研修のときには「人の成功から学ぶのではなく自分の失敗から学んだ方がいい」と話しました。自分で考えたうえでの失敗は誰かになじられるかもしれないけど、反省のしがいがあります。20代のうちはやり直しが利くので、本当に身に染みた失敗をたくさんしておくべきだと思います。失敗しても「まだ若いから」と言ってもらえるので、最初の2~3年は比較的伸び伸びと取り組んでほしいですね。
今後の目標を教えてください。
どのような形が適切かはまだ見えていませんが、出版コンテンツの力強さを活かして、お客さんが毎日アクセスして面白く感じる情報発信をデジタルの世界で実現できればと漠然と考えています。それがアプリなのかプラットフォームなのかは未定ですが、ぜひデジタルで表現したいですね。
ありがとうございました。
※2024年9月取材。本記事の所属、役職、内容等は取材当時のものです。